心の準備編|デザインする力を育てよう

心の準備編|デザインする力を育てよう

誰もがデザインする力を持っている

デザインするってどういうこと?

デザインということばは、いろいろなところで耳にします。あなたも使ったことがあるはずです。洋服を見て「あのデザインが好きだな」ということもあるでしょうし、「システムをデザインする」ということもあるでしょう。

そもそも、英語の「design」には、設計する、意図する、という意味があり、デザインの対象はものに限りません。服のデザインから政策のデザインまで、デザインの領域はとても広いのです。

私たちは、生活の中で、学びの中で、遊びの中で工夫したり新しいルールを考えたり、実にさまざまなものを生み出しています。その行為もデザインの一つと言えます。デザイナーやデザイン研究者たちの「デザイン」の定義を見ておきましょう。

デザインとは、私たちの生活に深く関わっていること、専門家の特別なスキルだけを指すことばではないことがわかってきましたね。

社会をつくるのは誰?

今、世界では戦争やテロが起き、日本でも自然災害によって生活を大きく変えざるを得ない状況が起きています。自分の身に、いつなにが起きるかわかりません。一方で、生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化によって、学びや仕事のあり方も変化していくでしょう。このように、今は未来が予測できない時代です。

過去に答えを見つけることは難しく、私たち一人ひとりが手探りで答えを生み出す必要があります。そこで求められるのが、デザインする力です。これまでとは異なる社会をつくりたいならば、人任せにせず自らデザインすることが求められるのです。では、自らデザインするとはどういうことでしょうか。

最近では、当事者がデザインに関わる事例が増えています。例えば、デザイナーと市民が駅前のスペースを一緒にデザインする、建築家だけでなく生徒や先生と一緒にこれまでにない学校をデザインするなど、国内外でデザイナーと市民が協働する動きが次々と生まれています。

使う人、つまり当事者が関わる人の意志、経験、考えがデザインに影響を与え、これまでにないもの・こと=イノベーションにつながるのです。誰かが生み出したものを使うだけでなく、そこに関わることのほうが楽しいし、愛着も湧きます。

扱いやすいけれど環境にはやさしくない材料を使うとか、つくる側がつくりやすいという視点ではなく、使う人や地域にとって居心地がよく使い勝手のよいもの、そして地球にとってやさしいもの、そんな視点を持ってデザインすれば、きっとこれまでと違うものが生み出されるはずです。誰もがデザインに関わることは、社会をつくる上でとても大切なことなのです。

このように、デザイナーだけでなく、当事者や関係者がともにデザインすることを「コ・デザイン」と呼びます。コ・デザインでは、デザイナーの役割も重要ですが、社会参画する市民こそが重要なアクターです。でも、社会参画する市民はほんの一部なのです。

社会を変えられない?変えられる?

日本財団の調査によると、インド・インドネシア・韓国・ベトナム・中国・イギリス・アメリカ・ドイツ・日本の17歳から19歳までの若者に「自分で国や社会を変えられると思うか」と質問したところ、「はい」と回答した割合は、インドが最も高く83.4%、日本が最も低く18.3%でした。トップのインドとは、60%近く差があります。

日本財団「18歳意識調査」
第20回テーマ:「国や社会に対する意識」(9カ国調査)より作成

ちなみに、日本の内訳を見ると、男子が24.8%、女子が11.8%と、日本女子の割合が最低です。世界の中でも日本の女性の自信のなさは際立っています。他の設問に対する回答も併せて鑑みると、他国よりも社会に対する関心が低く、市民としての社会的責任を持てずにいることがわかります。

決して能力が低いわけではありません。社会課題をリアルに感じる機会がなく、「自分に変化を起こせるはずがない」と考える、自己効力感の低さが原因です。経済産業省も「創造的な課題発見・解決力」を育む教育機会の不足を指摘しています[6]。つまり、多くの人は自ら変化を生み出すための教育を受けていないのです。

もう一つの調査を見てみましょう。アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・日本の5カ国による調査では、自らをクリエイティブと考える人はドイツが最も多く57%、日本が最も少なく13%です。一方で、5カ国のうち「最もクリエイティブな国はどこか」という質問に対しては、日本を選んだ人が最も多かったのです。日本人はクリエイティビティが低いわけではなく、ないと思い込んでいるだけと言えるでしょう。若者だけでなく、大人も同じように自己評価が低いのですね。

デザインする力はロックされている

誰でもデザインする力を持っているとしても、磨かなければ発揮されません。筋トレしなければ筋肉が鍛えられないのと同じですね。

日本の教育は知識偏重型で、暗記や効率よく公式を使って回答したほうが高い点数が取れます。先生の話を一方的に聞く授業では、自分の考えを誰かに伝えることもできませんし、そもそも自分の考えを述べること自体が求められていません。学校教育だけでなく、家庭での教育も同様です。自分で考えて答えを出す前に正解を教えたり、先回りして必要なものを用意したり、良かれと思ってしていることが子どもの主体性や考える力を奪っているのです。

小さい頃はものごとを観察して新しい発見をしたり、紙屑をおもちゃにして遊んだり、お話を考えたり、絵で表現したりと、さまざまな形でクリエイティビティを発揮していたはずです。それなのに、自分にはクリエイティビティがないと思い込んでいる。つまり、私たちの「デザインする力」はロックされているのです。

これまでの未来が予測できる社会では、デザインする力がロックされていたほうが効率よく勉強も仕事もできて都合が良かったのかもしれません。でも、不確実性の高いVUCA*の時代には、社会を洞察して課題や価値を発見し、変化を生み出す力が求められます。これまでとは異なる要求に戸惑う人も少なくありません。では、どうすればデザインする力を解き放つことができるのでしょうか。追って説明していきます。

より楽しく学び、働き、生活するために

スウェーデンの小学校や中学校で使われる教科書には、若者のためのコミュニティスペースを自分たちでつくるなど、社会を動かす方法が書かれています[7], [8]。社会は自分たちでつくるもの、という考え方が根底にあるのですね。スウェーデンの10〜20代の投票率は80%を超えていますが、日本は30%台(第25回参議院議員通常選挙における年齢別投票状況)。

もちろん、投票率だけが社会参画ではありませんが、冒頭でも紹介したように日本の若者は「自分で国や社会を変えられる」と思っていないのです。変えられると思わなければ、変えるために行動することはありません。その結果、どうせ何も変わらないと思考停止になったり、決めた人のせいにする他責思考になったり・・・それではポジティブな変化は生まれず居心地のよい場所にはなりませんよね。

より楽しく学び、働き、生活するためには、自分たちの手で社会を変えられるという実感が必要です。実感は、経験からしか得られません。社会に目を向け、自分の頭で考え、試行錯誤しながら実行してみる。つまり、デザインするということです。小さな行動であっても、周囲の人や環境に必ず影響を与えます。一人ひとりがポジティブな変化を生み出すことで、社会は居心地のよい場所に変わっていくはずです。

Design Our Life!

ここまで読んできたみなさんは、誰かに決められたルールや仕組みの中で生きるより、自分たちで考えたほうがよりよい世界になるはず、と思い始めていませんか?できるかできないかは、やってみてから判断しましょう。ソーシャルデザインで大切なマインドは3つ。

  1. クリエイティビティを発揮しよう
  2. みんなと自分の可能性を信じよう
  3. 失敗を恐れず、楽しもう

「そりゃそうだけど、簡単にはできないよ」という声が聞こえてきそうですね。まあ、焦らず、もう少し話にお付き合いください。

* VUCA:Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったもの。

  1. Simon, H. A., The Sciences of the Artificial; The MIT Press, 1996/ハーバート・サイモン著, 稲葉 元吉・吉原 英樹訳,システムの科学 第3版, パーソナルメディア, 1999
  2. Moholy-Nagy, L., Vision in motion, Paul Theobald & Co,1947/ラースロー・モホイ=ナジ, 井口壽乃訳, ヴィジョン・イン・モーション, 国書刊行会, 2019
  3. Cross, N., Design Research A disciplined conversation, Design Issues, vol. 15, no. 2, p. pp 5-10,1999
  4. 高橋正人編, デザイン教育の原理, 誠信書房, 1969(白尾隆太郎, 構成 高橋正人の遺した造形教育,2023より)
  5. Manzini, E., Politics of the Everyday, Ava Pub Sa, 2019/エツィオ・マンズィーニ, 安西洋之・八重樫文訳, 日々の政治, ビー・エヌ・エヌ新社, 2020
  6. 経済産業省,「未来の教室」とEdTech研究会 第1次提言, 2018
  7. ヨーラン・スバネリッド, 鈴木賢志訳,スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか, 2016
  8. アーネ・リンドクウィスト, ヤン・ウェステル著, 川上邦夫訳, あなた自身の社会: スウェーデンの中学教科書, 新評論, 1997
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